セカンドオピニオン〜誤診〜
結構大事なセカンドオピニオン。
その重要性と言うのは…私が倒れた時に遡ります。
身体が動かず、苦しいなと思ったら呼吸してない!?という状態。
やっと立てたと思っても、平衡感覚がなく、自分が真っ直ぐ立って居るのかどうか分からない状態になってから、や〜〜〜〜〜っと通院しました。
気力と根性で乗り切れると思ったんです。
まさか生活習慣にそもそも原因があるとも思っていなかった(ロングスリーパーによる睡眠時間3時間未満生活)
他にもありますが、とりあえず割愛。
悔しくて悲しくて勇気を出して精神科に行きました。
即「うつ病」と診断されました。
出された薬飲みました。
結果:廃人化(悪化)
吐くわ
グラグラするわ
気力なくなるわ
感情の揺れ幅が大きくなるわ
自傷ひどいわ
食事もまともに取れないわ
寝てるか起きてるか分からないわ
座ってても頭がグラグラ揺れていたらしいし、いつ机に頭ぶつけるのかと見て居る人は気が気じゃなかったらしい
そんな状態で通院していても曖昧。
話?出来ませんが何か。
それを「不貞腐れている」と判断され「治す気がないなら来なくていい」と言われたので通院辞めました。
気力で治してやるさ!!!!!
今気力ないけど(ぼそり)
という感じだったのですが、周囲に他の病院を勧められ、おすすめ病院ベスト3なるものを教えて頂いたので、違う病院へ行きました………。
結果:前回悪化した部分はなくなる。
( ゚д゚)
とりあえず悪化した部分がなくなってきたので、吐き気と頭痛がなくなっただけでも気力と根性で外に出たりしてました。
休息?知りません(これも良くなかったとは思うのですが)
そして病名を出されるわけでもありませんでした。
私は16で通院をはじめ、病名を知ったのは35です。
しかも離婚をキッカケに外出恐怖が酷すぎる為、今まで絶対取らないと決めていた障害関係の書類提出で、自分が見る機会になったからです。
自立支援程度だとキッチリ封をされていましたからね。
私の診断がいつ出たのかは分かりませんが、薬を色々試していたのは知って居たし、途中からその病気に対する薬になってはいたので、多分結構最初にわかっていたのかもしれません。
私の病名は境界線人格障害でした。
昔はそれだけだったような気もしますが、今は色々ありますね。
現在では情緒不安定性境界線人格障害です。
鬱病の薬なんて最初に行った病院だけです。
補助程度に途中でも出ていたくらいです。
あの時、別の病院に行くという事を教えてくれた周りの人たちに感謝いっぱいです。
言葉はよく聞きますが、私の場合は目に見えていない疾患で、更に言うなら「気力・根性・時の運」みたいな生き方をしていた場合、精神疾患というのに関して、別の病院で見てもらうという意識には全くいきませんでした。
当時「先生との相性もある」と言われていたけれど、その意味も全く分かりませんでした。
だって医者は医者でしょう?
それも転院してから分かりました。
自分の生き様、生きてきた歴史やその背景にある自分の思い、自分を曝け出すという事。
それ最初の医者には出来ないな。
という事です。
次に出会ったあの先生だから出来た事で、だからこそカウンセリングが出来て、薬を補助程度なものとして、自分の心と身体の歪みを直していけた感じはします。
ちなみに通院期間が長いのは、私の中にあった「普通という固定観念」がとてつもなく「自虐的」であった為に、その歪みを治す期間です(´・ω・)
そして通院終わっていましたが、離婚により再発どころかメンタル谷底まで行って再度通院になったので長いのです。
他にも理由はありますが(小声)